【レビュー】『everlasting flowers』良すぎるでしょ。これは、物語と技術の美しい結晶だ

ボリュームのあるゲームを遊んだあとには妙な満足感がある。
退屈なシナリオやシステムの作品だったとしても、長くそのゲームをプレイしたという事実が充実感をもたらしてくれたりもする。ゲームのレビューにおいても「ボリュームがある」というのは大きな強みになる。

spriteから8月に発売された『everlasting flowers』は5時間程度で終わるフルプライスのテキストアドベンチャーゲームである。スキップ機能を使ってせっかちに遊べば2時間程度で遊び終わる。選択肢もなければ分岐もない。こうした情報だけを並べると、「長さよりもクオリティ・多彩なCGによる演出を重視」したという公式サイトの文言を見ても、いささか挑戦的すぎないかと思ったりもする。

筆者は本作を、新規IPということで興味を持ち、特に事前情報を調べずに「百合ゲーかな」くらいの感覚で予約していた。(spriteの作品は『恋と選挙とチョコレート』から遊んでいる)アドベンチャーゲームはニンテンドーSwitch版の携帯モードととても相性が良いということで、ソファの上で寝転がりながら本作を遊び始めたのだが、冒頭を少し眺めただけで、リビングのテレビにプレイ環境を移すことにした。さまざまな構図や表現で描かれたCGに引きこまれたからだ。ワンシーンのために書かれた一度きりのCGが山ほど登場する。プレイ時間こそ短いが、その中に膨大なCGとシネマティックな演出が盛り込んだ作品が『everlasting flowers』なのだ。

本記事では『everlasting flowers』のレビューをお届けする。

everlasting flowers


メーカー:sprite
ジャンル:テキストアドベンチャー
プラットフォーム:Nintendo Switch、PlayStation4(後方互換でPS5でもプレイ可能)、Steam
価格:ダウンロード版 6,930円(税抜)、パッケージ版 7,678円(税抜)
初回限定特装版 13,178円(税抜)

●公式通販専売(公式通販はこちら
everlasting flowers – sprite Limited Edition /21,780円(税込)

©sprite / https://j.sprite.net/evers-m

少女たちを変える、夏の一か月

本作は坂下 深菜と星野 蘭という、二人の少女の再生を描く物語だ。
坂下 深菜は、転校先のお嬢様ばかりの環境に馴染めず、不登校になっている。
星野 蘭は、裕福ではあるがつながりが壊れた家に生まれ、親が敷いたレールの上を歩むような人生にうんざりしている。
そんな二人が、とあるペンションで出会い、住み込みでアルバイトをしながら、夏の一ヶ月をともに過ごすことになる。
人と仲良くなることに恐怖感を持つ深菜は、社交的な蘭に圧倒されつつも、ペンションでの生活に馴染んでいく。ペンションを営む柳瀬 美智子や、それを手伝う成瀬 陽毬たちとも打ち解けていく。
深菜の望んだ新しい環境での「やり直し」は進んでいくが、彼女の中にある「元の環境に戻りたくない」という想いは消えない。強く、自由に見える蘭も、心の奥底には葛藤を抱え込んでいる。

▲新たな環境に馴染めず、不登校になってしまった坂下 深菜は、家から遠く離れたペンションでの「やり直し」を望む。

▲一見飄々とした星野 蘭。美しく染まった金髪は彼女の周囲への反抗心の現れでもある。深菜に比べて、精神的に大人に見えるが、蘭にも内に抱えた葛藤がある。

縮まったかに見えて遠のいていたり、わかりあえたと思ってもわかりあえていなかったり。人生を変えるような出来事に出会ったとしても、すっぱりと別人になることはできないという現実の中で、物語は進んでいく。繊細な表現で描かれる、静かで、力強い再生の物語は、サスペンスのような驚きがあるわけではないが、プレイヤーを引きこむドラマになっている。
また、本作は女性同士の関係を描く「百合ゲー」に見えるが、恋愛要素が強く出てくるわけではない。深菜と欄の間に生まれていく絆が、友情か愛情かというのは、作品をどう読むかで異なってくるだろう。百合ゲーというジャンルに不慣れでも、夏を舞台にした、ヒロイン二人の成長の物語として本作を楽しむことができるはずだ。

▲ペンションを営む柳瀬美智子。ペンションには「携帯電話の持ち込み不可」というルールなどが設けられている。

▲美智子を手伝う成瀬陽毬。いつかは美智子からペンションを受け継ぎたいと考えている。

本作がアドベンチャーゲームである意味

メーカーによると本作は、FILMIC NOVEL( フィルミックノベル )とジャンル付けされている。「長い作品をプレイする時間がないという方が多い今の時代に合わせ、劇場版のように短く凝縮した上で、イラストをふんだんに使い演出に力を入れてクオリティを高めた」ものだそうだ。この宣言に対して「劇場版のように短く凝縮したアドベンチャーゲーム」というのなら、最初から劇場版アニメを作れば良いのではという見方もあるかもしれない。しかし、一枚絵を中心としたアドベンチャーゲームを制作してきたメーカーの良さを最大限に活かすのであれば、アニメではなくゲームを選んでくれるほうが安心感がある。本作は、ノベルゲームのプロフェッショナルたちが、その強みを活かすために、短く凝縮された作ったものなのだ。仮にこれがアニメ作品だったとしたら、メーカーやクリエイターの持ち味を活かしきれないという可能性も考えられる。アニメ化されてきたアドベンチャーゲームを原作とする作品群が、どれも原作と同じ評価を受けたわけではないという事実もある。

▲クリア後に解放されるギャラリー機能でCGの枚数を見ると驚くはず。この一画面に表示されているカットは、あるワンシーンの導入部だが、複数のカットが用意されていることがわかるはず。

▲料理にフォーカスしたカットなども複数登場する。どのカットも、世界観を揺らさない繊細な一枚となっている。

spriteの作品群はもともと、グラフィックや演出面に定評がある。作品によって参加しているクリエイターは異なるものの、どの作品でも強烈に印象に残るカットが用意されている。過去作である『恋と選挙とチョコレート』も、発売前からそのグラフィックの質感やシーンの切り取り方で注目を集めていた。こうした強みは本作で最大限に発揮され、同時に新しい試みを盛り込むことで、いままでの作品とは異なるプレイフィールをもたらしている。通常、アドベンチャーゲームでは、ここぞというシーンにインパクトのあるカットを持ってくるが、本作の場合は、何気ないシーンにも贅沢なカットを多数採用している。インパクトのあるカットだけでなく、状況を俯瞰するようなカットや、細部に焦点を当てたカットなども混ぜ込むことで、揺れ動いていく登場人物の心情や、流れていく時間をうまく表現している。
キャラクターのやりとりや地の文にいたるまで読みやすく簡潔だが、立ち止まってそのシーンについて考えてみると、奥行を感じるような文章が多いのもユニークなところだろう。筆者はアドベンチャーゲームが好きではあるが、さすがに遊び慣れてしまったのか、退屈に感じる日常シーンはスキップを活用しつつ流し見して通り過ぎてしまったりするのだが、本作にはそんなせっかちが発動しなかった。作品のイメージに寄り添うサウンドも実に心地よい。オープニングテーマやエンディングテーマといった歌ものは実に印象的だし、シーンごとに奏でられるBGMの塩梅も素晴らしいものがある。ふとBGMに集中すると、BGMの音量が大きくなったかのような錯覚を覚える。筆者が買った初回限定特装版にはサントラが同梱されていたので、プレイ後に早速何度もリピートしている。

▲テキストアドベンチャー的な立ち絵のシーンも登場する。シャープな線を中心に構成された背景からは、どこにでもありそうで、どこでもない環境という世界観が滲み出ているように感じる。

ボリュームという保険を外した
挑戦的で、鋭く輝く作品

冒頭にも書いたが、本作はボリュームをあえて削り、短いプレイ時間の中に全力を投じた挑戦的な作品である。長く遊べる作品に価値を見出す方にはおすすめしにくい。では、全くニッチなゲームかというとそうではない。一見、百合ゲーというゲームのジャンルとしてはまだまだニッチかもしれないが、「女の子同士の繊細なやりとりを通じた成長物語」という要素は多くの人に刺さるだろう。あとはそもそも、40時間も遊ぶようなアドベンチャーゲームを好んで遊ぶことが、もはや現代においてはニッチなのかもしれないと思いを馳せたりもする。

とはいえ、アドベンチャーゲームというのは、人によって評価が変わりやすいゲームジャンルのひとつだ。プレイヤーによってシナリオの好みは異なるため、ハッピーエンド好きの方からすればバッドエンドで終わるゲームはなかなか良作になりえないだろうし、捻った作品が好きな人にはご都合主義的な物語展開を受け入れられないという場合もある。こうしたプレイヤーごとの好みをうまく拾っていくために、多くのテキストアドベンチャーには分岐があり、いろいろな要素を入れこむためのボリュームを用意したりする。ある分岐では衝撃的なバッドエンドを拾い、ある分岐ではヒロインとのハッピーエンドを描き、ある分岐では登場人物全員との大団円を描く……といった具合だ。分岐のない作品でもボリュームがあれば、さまざまな展開を作っていくことが可能だ。しかし、本作ではこうした保険をかけることをやめ、一本の映画のようなシナリオで勝負してきている。これをどうとらえるかは人によるだろう。筆者としては、作り手の強みや描きたいことが、エスプレッソのように濃厚に抽出された作品として楽しむことができた。

『everlasting flowers』をオートモードでゆったりと大画面で遊ぶ。それは、とても贅沢な時間だった。

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浅葉 たいが

浅葉 たいが

ゴジライン代表。ゲーム、アニメグッズのコレクター。格闘ゲーム、アドベンチャーゲーム、RPGをこよなく愛する。年間100本以上のゲームを自腹で買い、遊ぶ社壊人。ゲームメディア等で記事を書くこともあるが、その正体はインテリアデザイナー、家具屋。バンダイナムコエンターテインメント信者かつ、トライエース至上主義者。スマートフォン版『ストリートファイター4』日本チャンプという胡散臭い経歴を持つ。

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