工画堂スタジオという会社をご存知だろうか。
デザインおよびソフトウェア制作を手がける会社で、筆者のような古くからのゲームファンであれば『パワードール』シリーズや『シュヴァルツシルト』シリーズといった骨太なシミュレーションゲームを思い浮かべる方もいるだろう。また、『シンフォニック=レイン』や『蒼い海のトリスティア』といった名作アドベンチャーゲームシリーズのファンの方もいるはずだ。百合ゲーというジャンルで挑戦した『白衣性恋愛症候群』なども実に深みのある作品である。最近では『パワードール』を思わせるターン制ストラテジーゲーム『One-inch Tactics』をリリースしたが、こちらの価格は2500円とお手頃かつ遊び込める作品だ。コンシューマーゲームとしてはロープライス帯に属する作品で、コンパクトながら尖った魅力を持つ作品であった。その長い歴史を見てみると、工画堂スタジオはデザインはもちろん、ゲームメーカーいろいろと新しい試みを続けている会社と言えるだろう。
その工画堂スタジオが2025年6月20日にSteamにて、新作アドベンチャーゲーム『やがて散りゆく鏡の花へ』をリリースする。こちらも『One-inch Tactics』と同じくロープライス帯の作品ということで、プレイ時間は7~10時間程度。フルプライスのアドベンチャーゲームというと、壮大なストーリーを大ボリュームで描くものも多いが、本作は”和風伝奇”の魅力を凝縮したような作品となっている。コンパクトながら、しっかりとキャラクターや物語に没入感があり、和風伝奇らしい余韻が残る作品なのだ。
ジャンル:和風伝奇アドベンチャー
メーカー:工画堂スタジオ
プラットフォーム:Steam(https://store.steampowered.com/app/3543570/_/?l=japanese)
価格:3000円(税込)
発売日:2025年6月20日(発売中)
本記事では、本作の魅力をネタバレなしで紹介する。
読みやすい和風伝奇
ほどよいボリュームで気軽に遊べる
和風伝奇アドベンチャーを謳う本作は、人ならざるもの”霊魔”との戦いを描く物語である。主人公の守月結斗は発した言葉を現実に影響させる言霊使いであり、相棒の水月さとりは他者の心を読む力を有している。この力を使って、二人は「霊魔退治」を手掛けているのだ。設定部分が色濃く”和風伝奇アドベンチャー”風味を出しているのだが、物語の中ではスマートフォンも使われるし、ゲーム好きには馴染みの深い「ゲーム配信者」や「プロゲーマー」を職業とする人物たちも登場する。つまり本作は、現代を舞台にした和風伝奇になっているので、読みやすくすぐに没入感を感じられるはずだ。そのうえで、現代の感覚からするとギャップを感じる要素といっていい霊魔や超常能力などが、想像や考察を掻き立てるアクセントとして作用している。

▲主人公のパートナー「水無月さとり」。冒頭で主人公は記憶を失っており、彼女に導かれるまま霊魔退治へと関わることになる。
見どころとなるのは、主人公たちが戦う霊魔とは、人の心の闇から生まれるものであるという点だ。霊魔を単純に力で退けることは難しく、その原因となった人の心の闇に踏み込み、時にはケアをする必要がある。心の闇を晴らすとなると一筋縄ではいかず、結斗やさとりの異能だけではなく、他の登場人物の力を借りる必要が出てくる。このため、本作の霊魔退治は、バトルというよりも、登場人物の心情を丁寧に紐解き、明かしていくという形で進んでいくことが多い。その過程の中で、謎めいた要素が解き明かされたり、意外な真実が判明していくのだ。
本作の謎は、霊魔がどのような心の闇をきっかけに出てきたかという部分だけではない。主人公の結斗は、ゲーム開始時点で「重要な記憶」を失っており、この失われた記憶に関わる物語も見応えがある。

▲登場人物も個性豊か。霊魔に関する情報をくれるデリーは、人気ゲーム配信者でもある。
グラフィックとサウンドは当然とても良い
アドベンチャーゲームということで、美麗なCGは見ごたえ十分。キャラクターデザインは人気イラストレーターのへりがる氏とりんごぱん氏が務めており、繊細なタッチで描かれた美少女たちがゲームの中に落とし込まれている。霊魔との戦いをめぐる物語ではあるものの、女性キャラクターたちが魅力的すぎて、気を抜くとギャルゲー的な恋愛展開を期待してしまうほどだ。
また、演出面もアドベンチャーゲーム制作に手慣れた工画堂スタジオの作品ということで安心して見ていられる。
個人的に特に気に入ったのはサウンド面である。オープニングのボーカル曲『鏡の花の咲く月夜』(来兎 & やがてち囃子 feat.阿部里果)はゲームの世界観や雰囲気が浮かび上がるようなテイストになっている。物語の雰囲気を高めるBGMも聞き心地が良い。物語の輪郭を崩さないような控えめな音のようで、単独で聞いてみるとその曲ならではの味わいや面白味が滲み出てくる。
ちなみに本作はキャラクターボイスのないゲームとなっている。残念に感じる人もいるだろうが、最近のロープライス帯の作品にはボイスをカットした作品も増えてきているのだ。そしてこうしたボイスのない作品も、作品や物語として高い評価を得ていたりもするのだが、本作のように魅力的なキャラクターが揃うゲームでさすがにこれは勿体ない。でもまあ、どうにもならないことなので、「魅力的なキャラクターのボイスを想像しつつ遊ぶのもまた一興である」とか文章をまとめようとしたら、工画堂スタジオから送られてきたリリースを見て、ニヤリとしてしまった。詳しくは次の項目で解説しよう。
ASMRでギャルゲー成分を補充する
ボイスがない作品ということで、キャラクターの性格や雰囲気を想像で保管しつつ進めるのも楽しいものだが、なんと本作のASMRも制作中だという。しかも声優陣が、マジで豪華なことに驚かされる。
声入りのゲームを作っていたらフルプライスになっていてもおかしくないような気がする。ちなみに、工画堂スタジオは近年ASMR作品を複数リリースしており、その作品群はどれも変態的なまでに作りこまれている。具体的には激甘シチュエーションでプレイヤーを崩壊させるような甘いASMRを多数リリースしているのだが、この『やがてち』ASMRも、公開されたサムネイルを見る限りものすごいやる気を感じる。
ゲーム本編をプレイした方であれば、公開された各種サムネイルが完全にギャルゲー的なものになっていて驚くはず。というのも、ゲーム本編では人と人の絆は描かれるものの、恋愛描写的なものはほとんど描かれないのだ。
ほのかな好意を感じることこそあれど、このASMRのようなあまあまなシーンに陥ることはないはずなのだが……。ゲーム本編は和風伝奇ということで、静かで余韻のある物語を目指したものでギャルゲー色の強いイチャラブ(死語)シーンを避け、そこを楽しみたい方に向けてASMRという別媒体を提案するという見事な戦略なのかもしれない。ゲーム本編を遊び終えた今、このASMRがとても気になる。すべて聞きたい。
アドベンチャーゲーム初心者にもおすすめ
ゲームはもちろん、テキストアドベンチャーゲームにおいても「ボリュームがある」という評価軸があることは確かだ。たしかに、長編アドベンチャーには長編ならではの魅力があるが、フルプライスとしてのボリューム維持にこだわるあまり、蛇足に感じたり、退屈に感じるパートが出てくることもある。
また、最近は娯楽が溢れているからか、それとも使える時間が減ったからか、原因はさまざまだろうが、新しい作品、それも大長編となると飛びづいて遊ぶということが難しくなっているという方も多いのではないだろうか。そういった方にとっては、メーカーの作風や、そのジャンルのエッセンスを詰め込んだほどほどのボリュームの作品が刺さるということが十分に考えられる。まさに本作や、冒頭でタイトル名だけ取り上げた『One-inch Tactics』は、工画堂スタジオというメーカーのものづくりの一端に触れつつ、凝縮されたそのジャンルのうまみを味わえる手ごろな商品となっているのだ。
筆者も気軽に遊べる作品ということで、Steam Deckを握りしめて本作を遊び始めたが、夜の21時くらいにはじめて、朝方にはエンディングを迎えることができた。このボリュームなら、アドベンチャーゲームを遊ばないという方にも勧められるだろうなどと考えつつも、不思議なことに、シリーズ展開するのであれば、次は長編で見てみたいという欲求も湧いてきた。大傑作として知られる『シンフォニック=レイン』のように、ゆるやかに蛇行するようにさまざまなドラマを丁寧に味わい、そのドラマの中で拾い集めた感情を揺さぶる種子が、クライマックスで細かく弾けていくという形式もこの和風伝奇というジャンルで見てみたい。

goziline
様々なジャンルのゲームを大人気なく遊びます。

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