ニンテンドーSwitchで『ウルトラストリートファイター2』を遊び始めてすぐに、昔、ゲームセンターでよく遊んでいた友人たちの顔が浮かんだ。『ウルトラストリートファイター2』のベースとなる『スーパーストリートファイター2X』がゲームセンターで稼働していた1994年、おれは格闘ゲームにどっぷりと浸かっていた。最初は波動拳すら出せなかったおれも、この頃には連続技や立ち回りというものを理解し、そこそこに勝てる側のプレイヤーに成長していた時期だ。しかし、それほど情熱を注いでも、どうしても勝てないと思わされるプレイヤーが二人いた。年上のBとIだ。
Bとはいまだにゲーム友達だ。新しい格闘ゲームでも遊ぶし、新しいRPGが出たらネットで情報交換をしたり、たまに食事だっていく。
もう一人の勝てない相手だったIとは、10年ほど会っていない。『スト2X』が稼働していた時代、徳島のゲーセンで無敵とも思える強さを発揮していたIは、就職と共にゲームセンターから遠ざかっていった。10年前に再会したのも、帰省中に本屋で偶然、Iとばったり会ったからで、その時は「ニンテンドー64でゲームは卒業したなあ」と話していた。
『ウル2』を買ったとき、いつも通りBには、対戦しようぜと声をかけた。
対戦は大いに盛り上がり、「今遊んでも意外とイケるなこれ」なんて通ぶった感想を語り合った。
昔勝てなかったBと、良い勝負ができたことで勢いづいたおれは、Iもボコれるのではという気分になっていた。
ただただ軽いノリで、10年前に聞いた、Iの連絡先に電話をかけた。
Iはいいやつだったから、電話をかけても大丈夫だろうという予感があったから。
奇跡的に電話番号は変わっていなかった。
「久しぶり。おれ、おれ、おれだよ」
「詐欺の電話かと思っただろ。番号登録してなかったら、わからんかったかもしれんぞ。ほんまにめっちゃ久しぶりやなあ」
「久々に『スト2』やろうぜ。ニンテンドーSwitchっつうハードでリメイク版が発売されたんだよ」
「ゲオで宣伝してるの見たわ。でも、おれはもう格闘ゲームやってないよ。めちゃ久々に連絡してきたと思ったら、それかよ」
おれたちは学校も年齢も違ったけれど、ずっとこんな調子だった。
最初に話したときからしばらくは、敬語や丁寧語を使っていたと思うんだけど、 Bは「いや、お前は最初からめっちゃタメ口だった」と言い張っている。
「やってないからボコりに行くんだよ。Bも連れていくわ」
「Bもおるんか!土日なら空いてるけど、どこで対戦する?」
「Switchは簡単に持ち運べるから、どこでもいいぞ。おれの家来るか?」
「それなら、ウチでもいいな。ウチでみんなで飯でも食おうぜ」
「お前、結婚してるんじゃないの」
「そうやで。子供もおるからうるさいかもしれんけど。ああ、でもお前らの方がうるさいな」
「子供いるの!?何歳なんよ」
「8歳と10歳」
やり取りは本当にこんな風で、懐かしい話をするでもなく、ただただ対戦しようぜということで、Iの家に行くことになった。
メールで送られてきたIの家の住所は、昔よく遊びにいった家とは違う場所だった。当時のゲームセンター仲間だったおれたちは、お互いの家に遊びに行くこと、招くことに抵抗がなかったけれど、Iは今でもそういう感覚でいるのだろうか。
子供がいる家に遊びにいくということがまずないおれとBは、前日に「子供対策」をしっかりと話し合った。
子供達も暇をするかもしれないと、おれとBはSwitchを1台ずつ、合計2台持っていくことにした。『マリオカート8デラックス』もつけて。
お菓子やジュースは、子供受けしそうなものを買った。お母さんが健康志向だったら困るから、体に良さそうな無印良品のお菓子も混ぜた。
大人になった証のように、ビールやワインも買った。
Iはおれたちを「昔のゲーセン友達」と紹介してくれた。
おれたちは、昔話と、Iと対戦したくなった経緯について、奥さんと子供達に話した。
「お父さん、ゲーム強かったの」という子供達の質問に、Iは「こいつらは弱かったな」と笑顔で答えた。
実際、『スト2X』では、BよりもIのほうが強かったのだ。
Iの家には、WiiUやプレイステーション3が置いてあるものの、ニンテンドーSwitchに関してはまだ購入していないようで、『マリオカート8デラックス』に子供たちは大喜びしている。「ウチも早くSwitch買おうよ」という声に、Iは「『スプラトゥーン』が出たらね」と返している。Iはすっかりゲームをやめたとのことだけど、この家にはゲームを好きな子供たちがいて、彼らの好きなゲームの情報くらいはちょっと知っているようだった。
Iの良きパパっぷりは、子供たちの笑顔の節々から想像できた。
子供たちが『マリオカート8デラックス』を始めたのを確認して、おれとBとIは『ウルトラストリートファイター2』を始めた。
「新キャラも居るんだぞ。ほら、殺意の波動に目覚めたリュウと、洗脳されたケン。豪鬼だって最初から使えるぞ」
「その3人、めちゃくちゃ強そうやな。グラフィックは変わってるんやなあ」
「昔のグラフィックに切り替えることもできるんやで。ほら、オプションでこうすれば」
「ほんまや。めっちゃ懐かしい。で、お前ら何使うの?」
「豪鬼」
「殺意の波動に目覚めたリュウ」
「20年くらい格闘ゲームやってないやつに、つよキャラ当ててくるのはアカンだろ。こんなちっこいコントローラーで、ちゃんと技でるんかな」
20年前、おれたちは強いキャラクターのことを、「つよキャラ」と言っていた。今では「きょうキャラ」ということがメジャーだ。
「いやそれが、意外とイケるんだよ。コマンド入力の受付が簡単になってるから、スーパーコンボとかも出やすい。あとは、LITE操作っていう、ワンボタンで必殺技が出るモードもある」
そんなやりとりから、3時間、おれたちはひたすら対戦した。
ときどき、ボタンの設定を変えたりしながら。
さすがに20年、格闘ゲームから遠ざかっているIならボコれると思っていたけれど、その考えは少し甘かった。
通常攻撃をガードさせた後の瞬獄殺の連係は、ジャンプで抜けられない強力な攻め手になっている。
『スト2』においては、ジャンプを入力したとしても、入力直後に投げられ判定が消えない仕様になっているため、「当て投げ」をジャンプで回避できないのだ。
これだけでぼったくり勝ちをする予定が、Iはすぐに「あーこれ、昔の投げハメと同じでリバサじゃなきゃ返せないんだな」なんて言いながら、恐ろしく成功確率の高いリバーサルを繰り出してくる。「ハメに無敵技を出すときは、弱・中・強ってずらし押しでやると出やすいからな」なんて解説も織り交ぜてくる。当時なんでも使えたIは、あっという間に、殺意リュウも洗脳ケンの動きにも慣れ、新キャラの同キャラ対戦でおれとBが負け越してしまった。
やっぱりこいつは、『スト2X』がとてつもなく強い。
「お前ら、昔よりはちょっと強なったな。ジャンプに昇龍拳、割と出来てるやん」
「うるせえぞ」
「昔はどのキャラでも負けなかったけど、キャミィとかじゃ勝てんくなってる」
Iは、いろいろなキャラクターを高いレベルで使うプレイヤーだった。
メインで使っていたキャラクターを思い浮かべることができないほど、いろいろなキャラクターを使い分けていた。
当時の徳島のゲームセンターでは、誰よりも独創性があり、誰よりも強かった。
Bも強いプレイヤーだったが、『スト2X』だけはIに勝ち越せなかった。
当時よりはさすがに弱くなっているうえに、SwitchのJOY-CONという昔とは違うプレイ環境だったが、おれたちは20年前のようにIにボコボコにされてしまった。
「Switchのコントローラー、操作性いいなあ。ボタンをコンフィグして遊ぶの、スーファミの『スト2』やってた時思い出したわ」
「LITE操作はありでやってるの?」
「中足からの真空波動拳は、「アリ」やな」
Iは昔もよく、一通り勝った後で「ネタ」を教えてくれたものだ。中足というのは、『スト2』プレイヤーならお馴染みのスラングで、しゃがみ中Kのことだ。そこからの真空波動拳を、連続技になるように繰り出すには、ゲームセンターに置いてあったアーケード版では特殊で素早い入力が必要だった。しかし、この難度の高い連続技も、Switch版のLITE操作ならボタンを順に押すだけでできる。
「ズルじゃねーか」
「お前ら全部LITE操作だろ。歩きながら二回転してくるサンダー・ホークがおるか?」
目ざといところも変わらない。そう、おれとBは、LITE操作をフル活用してIに挑んでいたのだ。
Iの子供たちが『マリオカート』を離れてこちらにやってきた。
僕も遊んでみたいという子供達の声で、おっさんたちの対戦会は終わり、俺たちおっさんは二人の子供と、奥さんに『ウル2』を教えた。
波動拳をコマンドで出せると「うまい」と言われた時代の話をしながら。
ゲームに慣れているからか、Iの器用さのようなものを受け継いでいるからか、子供たちは徐々に、コマンドで波動拳を繰り出せるようになっていた。
LITE操作も気に入ったようで、Iは調子に乗って、子供達に連続技や戦いのセオリーを教えている。
二人でタッグを組んでCPUと戦えるバディファイトモードでは、親子の共闘も見られた。JOY-CONを両手に持って、腕を突き出すことで波動拳を打てるゲームモードではぁはぁ言っていたら、もともと水泳部だったという奥さんに「皆さん体力ないんですね」と煽られた。
帰るときに、Iが「Switch買ったら、『ウル2』も買うわ。また遊ぼうや。オンラインでもええけど、たまには集まりたいな」と言った。
「次はわからせるわ。あと、Switchは今品薄だからな。なかなか買えないかもしれないからな。気をつけろよそこんとこ」
20年越しの対戦に負け越してしまったおれは、捨て台詞を投げかける。
Iはきっと、「わからせる」というちょっと今風の格闘ゲームスラングを知らないだろう。
「俺がお前より強いことをわからせる」という意味がある。
「お前らほんま変わらんなあ」
「お前もあんま変わってねーよ」
お酒が飲めるようになったり。
家族ができたり。親になったり。
ゲームの腕が錆び付いてしまったり、上手くなったり。
新しい責任感が芽生えたり。
時間の経過や成長の中で、変化を感じることは多いけれど、変わらないものもいくつかある。
子供達や奥さんは「『スト2』、面白かったです」と言ってくれた。正確には『ウル2』なんだけど。
子供達は、『スプラトゥーン』なら負けないから、対戦しようと誘ってくれた。
おれとBは、ゲームがちょっと上手い、うるさいおっさん枠として子供達には認められたようだ。
昔、自分たちが、何よりも楽しみにし、何よりも情熱を注いでいたものが認められたようで嬉しかった。
あの頃、ゲームセンターに毎日通って、対戦するのを楽しみにしていた。
対戦が終われば、今思うとあってるか間違ってるかわからないような戦術や対策の話をした。
家庭用にアーケードのゲームが出た時は、みんなで集まった。「やっぱゲーセンのスティックじゃないとなあ」なんて言いながらも、家庭用も遊びつくした。
でも、この楽しかった出来事は、もう二度と体験できない過去のことだ。
だからおれたちは、ときどき、昔は良かったなんて話をする。
語ることで、その思い出との距離が離れてしまわないように。
それでも、寂しくなるときはある。
もし、おれと同じような友達や、思い出を持つ人がいるなら、誰かを誘って『ウルトラストリートファイター2』を遊んでみてほしい。
変わったものもたくさんあるだろうけれど、変わらないものだって見つけられるはず。
気軽に持ち運べて、対戦だって簡単にできるSwitchの魅力にも気付けるかも。
ブログみたいなの書いてんだよと自分からIに言ったので、ちょっとぼかして書いたけれど。
とても楽しい1日を過ごせたよ。ありがとう。
おれはゲームライターの端くれみたいなことをしていて、格闘ゲームに関しては、すぐにシステムが、バランスがといったことが目についてしまうけれど。
面白さというのは人それぞれで、自分の信じてる面白さが誰かと通じる瞬間というのはとても素敵なものだ。
『スト2X』には当時からめちゃくちゃなところがあって、バランスなんかもお世辞にもいいとは言えないけど、とにかく面白かったんだよ。
次は、本当にIを、「わからせる」かあ。