街を散歩していると、閉じているのがあたりまえのシャッターが、申し訳なさそうに開いているのを見つけた。車での移動が当たりまえになっているこの街で、散歩をするのは本当に久しぶりのことだったけれど、そのシャッターが開いているというのは僕にとって思いがけないことだった。シャッターを収納する袋の部分に、NEO GEO clubと鮮やかなブルーで描かれている入口は、そのゲームセンターが2000年をちょっと過ぎた頃くらいに閉店してからもずっと残っていた。僕が東京に出て、時折帰省した時に側を通りかかったときも、13年間の東京暮らしを終えて徳島に帰ってきてからも閉じたままだった。小物屋か飲食店か、いつか新しい店が入るのかもしれないと思っていたけれど、その店の閉店から二十年近くが経っても、そのブルーが映えるシャッターは固く閉じられたままだった。
しかしこの日は違った。開かずのシャッターが、全開とはいかないまでも、明らかに巻き上げられていたのだった。かって、そこから先に広がっていた空間は、僕のゲームにおける思い出の場所の一つだ。SNKという会社が世に送り出した、NEO GEOというゲーム機やアーケードゲームに夢中だった頃、僕はこの店に通いつめていたのだ。
ゲームセンターとは言っても店内は狭い。壁沿いに並んだ筺体は全部で8台。”仲良し台”と呼ばれる、一つの筺体に二セット、レバーとボタンが付いている。仲の良い友人とプレイするのは楽しいけれど、知らない人が「乱入していいですか」と言って座ってきたときは緊張感が走る。今ではもうほとんど見られなくなった懐かしい筐体が並んでいた。僕はかつてこの場所を隠れ家のように気に入っていた。人気の新作が出て、他のゲームセンターでは待ち時間があったときも、ここならすぐにゲームを遊ぶことができた。ゲームセンターと言えるのかどうかは怪しく、当時の記憶を掘りおこすと、店員さんと遭遇した記憶はほとんどなかったけれど。
閉じているのが当たり前の、思い出の場所が開かれていることに驚き、反射的に中を覗き込んだ。店内は、がらんどうではなかった。昔のままの配置で、狭い店内にゲームを遊ぶための筐体が並んでいた。Multi Video System、MVS筐体と呼ばれる、複数のゲームを共有することのできる夢のゲーム台だ。1990年代には、ゲームセンターはもちろん、本屋や駄菓子屋などにも設置されているのを多く見かけた。店内に置かれている筐体はどれも美しく見えた。画面には少し埃がついたものもあるが、レバーとボタンは美しく、画面を囲む白いフレームはまだまだ現役のマシンのように強く光っている。そして驚くべきことに、中にはゲームが動いている筐体もある。50円玉や100円玉を入れたらいますぐに遊べそうだ。
おじいさんが一人、筐体の下で何かの作業をしている。持ち前の図々しさで、見せてもらってもいいですかと聞くと快く返事をしてくれた。
お店の中にある筐体を、他所に移すことにしたとおじいさんは語ってくれた。そのメンテナンスのために、店のシャッターを開け、電源を入れて、動作するか確認をしていたという。他所がどこなのか聞きたい衝動に駆られたが、僕はその筐体の行き先を聞かなかった。
「この店、学生時代によく通っていたんです」というと、おじいさんは「そうですか。もう締めてから10年以上になるんだよね」と懐かしそうに語ってくれた。聞き慣れた電子音がする。『餓狼伝説SPECIAL』のデモ画面だ。必殺技を繰り出しながら、ボクサーが太い腕を振り回している。ドット絵と呼ばれる、小さな点の集合体で描かれたそのゲームは、CGが全盛となった今のゲームを遊んでいる僕から見てもまだまだ通用するように思えた。
壁には、『ザ・キング・オブ・ファイターズ97』のポスターが貼られていた。20年近く前のもので、壁にそのまま貼られているにも関わらず、そのポスターは圧倒的な存在感を放っていた。今もまだゲームセンターが生きているかのように感じる。
「新しいゲームが出たら、いつもここに来ていました」人の多いゲームセンターでは、すぐに対戦になってしまうので、僕はいつもここで練習をしていた。当時の格闘ゲームには、家庭用に練習機能なんてほとんどなかったし、ゲームセンターのものとは若干細かな仕様が異なっていることも多かったのだ。
ポスターを懐かしそうに見ていると、おじいさんが「人気があったねえ、SNKのこのゲームは。会社が潰れちゃったのは残念だったよ。もうないんだよね」と声をかけてくれた。
確かに、2001年にSNKは一度倒産している。しかしそこから、SNKプレイモアとして新生し、2015年には再びSNKとして立ち上がり、ゲーム事業に力を入れていくことを表明している。格闘ゲームファンの間ではよく知られた出来事だ。
おじいさんの中でSNKはなくなったことになっている。当時の倒産の話題はゲーム業界にとって大きなニュースだったし、その頃、MVSのタイトルを主力にしていた関連施設の閉店も珍しいことではなかった。きっとそれから間もなくして、このゲームセンターも閉店したのだ。
SNKが再び活発に動いていて、新しいゲームを出していることを伝えることに、意味があるとは思えない。もうおじいさんにとって、SNKのことは一区切りがついているのだ。混乱させてしまうかもしれない。
しかし、話したいという欲求を止められそうにはなかった。シャッターが開いていたこと、筐体に光が灯っていたこと。小さな奇跡のように感じる出来事が今しかないと囃し立てる。
「SNK、一回は潰れちゃったんですけど、今はまたゲームメーカーとして活動しているんです。今年は新しい『キング・オブ・ファイターズ』が出たんですよ」
「小さいゲーム機で遊ぶやつかい?携帯電話とか」
「テレビの画面で遊ぶやつです。今度、ゲームセンター用のも出るんですよ」話したいことは他にもたくさんあったけれど、僕は最低限の情報を伝えた。
「へえ。それはすごい。一度、見てみたいね」
その一言が、なんだかうれしかった。
自己満足だけど、僕だけはきっと今日のことを忘れないだろう。
写真を撮らせてもらって店をあとにした。次にこの店の前を通る時は、きっと今までと同じようにシャッターが降りているはずだ。それでも、今までとはまた違った思い出を抱えたから、ざわりと感じたりすることがあるのかもしれない。
この日の出来事が、奇跡のようで本当に嬉しかったので。
とりあえずここに書いてみました。