2016年3月18日、金曜日。Wii U『ポッ拳』の発売日。
ゲームを最大限に楽しむ集団・ゴジラインでも注目しているタイトルのひとつだ。
金曜日の午前中で、東京出張でやるべきいくつかの仕事を終えたおれ(浅葉)は、久々の秋葉原を満喫していた。あとは、友人の凡さん(29歳。書店員の経験を生かした同人誌の叩き売りが得意技。プロゲーマーのボンちゃんとは別人です)、ミズシナと合流し、一緒に昼ごはんを食べて、徳島へと帰るだけだ。
そして、帰り道で『ポッ拳』を購入して、大久保ゴジラやナカジマとともに、三連休を闘いぬく。
凡さんも、ミズシナもきっと『ポッ拳』はやらないだろう。
凡さんは、WiiUどころか、PS4もPS Vitaも買っていないし、ミズシナは家で格闘ゲームをやらないという謎のポリシーのようなものがある。
二人が遊んでくれたらもっと楽しいけれど、今日は『ポッ拳』の話はしないでおこう。
そんな予想と決意は、凡さんの出会い頭の一言で、吹き飛ばされた。
凡「『ポッ拳』の本体同梱版、どこに売ってないんですけど。WiiUの本体も品薄みたいっす」
おれ「え?凡さん『ポッ拳』やるの?」
凡「自分、『ポッ拳』でEVO(アメリカで行なわれる大規模なゲーム大会。『ポッ拳』も種目として発表済)行こうと思ってるんで」
都内近郊のゲーム大会で遠征することすら稀な凡さんが、アメリカのゲーム大会に出るという。
しかも、新しいハードを買ってまで。
おれ「凡さん、ゲーセンで『ポッ拳』やってたの」
凡「やったことないっす。でも、周りの話を聞いてると、”おれのゲームだな”って思ったんで。そもそも、『ポケモン』好きだからね」
おれ「よくわからんが、周りの話聞いて、おれのゲームって思える凡さんぱねえ。EVOに出るとなったら、そら一刻も早く環境を整えないとね。今日中に本体探そう」
おれと凡さんは、秋葉原中のゲームショップ、ゲーム売り場を歩き回った。
ヨドバシカメラ、ソフマップ、リバティー、トレーダー。
穴場のラムタラやムーラン、果てはブックオフ(秋葉原のブックオフには、なぜか新品が並んでいることがある)まで。
しかし、どの店にも、ソフトや専用コントローラーは大量にあるものの、本体同梱版、WiiUの本体はどこにもない。
休憩がてら入ったおれたちの憩いの場、喫茶店ルノアールでtwitterなどで情報を集めてみたところ、現在、WiiUはかなりの品薄状態らしく、特に都内では、在庫を持っている店が少ないとのことらしい。
ヤフオクやアマゾンを開いてみても、定価よりも高いプレミア価格での出品が目立つ。
『ポッ拳』を遊ぶ前の、意外なハードルは、あまりにも高かった。
絶望の空気が流れ始めたとき、遅刻というレベルでは済まされない2時間遅れで、ミズシナが到着した。
凡さんの『ポッ拳』への情熱と、WiiUが品薄であることを、簡潔に説明する。
ミズシナ「WiiUかぁ。おれが買ったときも確かに品薄っぽかったわ。そんときは西巣鴨で買った。池袋のヤマダとか、有楽町のビックカメラとかは電話してみた?」
おれ「まだ秋葉原の店まわっただけやね。秋葉原はゲーム買いに来る人多いから、他の地域あたったほうがいいかもね」
凡「都内ならどこでも買いにいく覚悟」
しかし、ミズシナの助言もむなしく、西巣鴨も、ヤマダも、ビックカメラも、本体同梱版はおろか、通常の本体すら在庫なし。
電話をかけた店舗が10を越えても、新しい店に問い合わせを続けるミズシナに、「こいつ、実は友情に厚いやつなんだよな」と感動した瞬間、隣の凡さんを見ると、「日課なんで」とか言いながら『モンスターストライク』を起動していた。この空気の読めなさが、凡さんのチャームポイントだ。
おれ「twitterとかみてると、GEOで買えたっていう報告あるね。鶯谷にGEOあったっしょ。昔ナカジマが近くに住んでたから、たまにゲーム買いにいってた記憶がある」
ミズシナ「駅前にあるね。電話してみよう。おい、そこの『モンスト』してるやつ、早く電話しろ」
凡「鶯谷は秋葉原から近いし、さすがにないっしょ」
あきらめるのが早いのも、凡さんのチャームポイントだ。
凡「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですけど、『ポッ拳』の本体同梱版か、WiiUの本体の在庫ありますか?」
手馴れた雰囲気のある、在庫確認の問い合わせをする凡さん。希少なアニメグッズを買うときなどに、店に電話しまくっていた経験が生きている。
凡さんの問い合わせから数分が経過した。お店の人が確認してくれているのだろう。しかし、時間がかかるということは、すぐに見える位置に商品がないこと、つまり、在庫切れである可能性が高い。
諦めかけたそのとき、最高の朗報がもたらされた。凡さんの声が、心なしか大きく聞こえる。
凡「『マリオメーカー』の同梱版、新品ですか?」
なんと、『マリオメーカー』の同梱版の新品が、鶯谷GEOにはあるというのだ。『マリオメーカー』はソフト自体が安価なため、同梱版も他のタイトルのものより安く買える。しかも、凡さんは『マリオメーカー』をやってみたい思っていたという。ラブホテルの立ち並ぶオトナの街に、オトナのための『ポケモン』ゲーム、『ポッ拳』を遊ぶハードが存在している。これは、奇跡か、それとも、仕組まれた運命なのか。
GEOは、予約は受け付けてくれるものの、店頭にある商品の取り置きは基本的に受け付けてくれない。
鶯谷GEOもこのルールの例外ではない。
買われる前に、走るしかない。秋葉原から電車で10分程度、駅まで歩く距離を考えると、20分以上はかかるかもしれない。
おれ「タクシーでいこう」
ミズシナ「出た、サイコパス」
おれ「今日凡さんが本体買えなかったら、EVOまでの貴重な一日が無駄になる」
ミズシナ「おめえってやつは!確かに、発売日のスタートダッシュは大事だもんな。感動した。タクシーでいこう」
秋葉原電気街からタクシーに飛び乗り、10分ほど走ったところで、鶯谷GEOが見えてきた。
近くを歩いている人が全員、GEOで『マリオメーカー』同梱版を買おうとしているように見える。
おれ「凡さん、あのおじいちゃん、孫へのプレゼントでWiiU買いに向かってるのかもしれん。早く降りろ」
空気を読んだ運転手さんが、GEOに走りこみ10秒のところにタクシーを止めてくれた。
おれ「タクシー代は任せろ。凡さんは早くWiiUを!」
凡「オッス」
タクシー代を払い終え、GEOの店内に入ると、カウンター前で『マリオメーカー』同梱版と向かい合う凡さんの姿があった。
目的は、達成されたのだ。ちなみにおじいちゃんは、GEOの前を素通りして、駅のほうに向かっていった。
凡さんがEVOへの、ビクトリーロードを歩き始めた。
おれ「見ろよミズシナ、あの凡さんの背中」
ミズシナ「でっけえ。もう、EVO優勝したまであるよ」
おれ「お前は『ポッ拳』やらないの?」
ミズシナ「おれは家で格闘ゲームはやらない主義なんだよ。『スト5』も友達の家からだしね」
おれ「凡さんの背中、見てみ?おれらがあの背中、支えていかなきゃアカンだろ。おれも、お前も、凡さんと対戦して、EVOに向けて”キャラクター対策”手伝おうぜ」
ミズシナ「おめえ……。感動したよ。この店専用コントローラー見当たらないし、秋葉戻って、専用コントローラーと一緒に買うわ」
凡さんの背中が、ミズシナに”ルール”を破らせた。家で格闘ゲームをしない男が、ついに、その禁を解く。
おれたちは秋葉原に戻り、一路、ソフマップへと向かった。
ソフマップには、WiiU本体は売っていなかったものの、ソフトと専用コントローラーが大量に入荷しているのだ。
ソフマップはギャルゲーの特典が豪華なので、おれたち秋葉原を愛する者の”マブダチ”でもある。
ソフトと、専用コントローラーに加えて、WiiUを有線接続するアダプターまでしっかりと買い揃える凡さん。もう、テザリングを”デザリング”といい間違えていた頃の凡さんではない。オトナだ。
ミズシナも、笑顔で、『ポッ拳』と、専用コントローラーを手にレジへと向かう。
おれも、徳島で、『ポッ拳』を手にし、二人とともに戦い、高めあうのだろう。
ミズシナ「凡さん、今日の夜対戦しような。使ってほしいキャラとかあったら言えよ」
おれ「うんうん。おれとミズシナが、凡さんのEVOに協力するよ。ナカジマも、大久保ゴジラも、ケンちゃんも、がちょも、あーてぃも、ゴジラインの皆が凡さんの仲間さ」
凡「え?おれ今日の夜11時から金沢行くんだよ。Ray(アニソンシンガー)のライブあるからさ。帰りは早くて日曜かな」
おれ「は?」
ミズシナ「は?」
こうして、凡さんの、おれたちの『ポッ拳』が始まった。
凡さんは果たして、本当にEvoに行くのか。おれとミズシナは、凡さんの助けになれるのか。そもそも凡さんは一回戦を突破できるのか。
何もわからないまま、To be continued。