ゲームの成り立ちは作品の数だけあるが、その経緯自体がエンタメ的に面白いケースがまれにある。
2026年3月26日に発売された『エトランジュ オーヴァーロード』は、その代表例と言っていいだろう。
本作の始まりは、1本の企画書ではなく1本のWeb小説からだ。2022年8月に日本一ソフトウェアの社長を退任した新川宗平氏は、喜多山浪漫というペンネームを使い、悪役令嬢もののweb小説を書き始めた。新川氏といえば、『マール王国の人形姫』『魔界戦記ディスガイア』『流行り神』などを手掛けてきたクリエイターだが、覆面作家として活動を開始したのだった。
新川氏の独立後の計画は「執筆した小説を原作として、コミックやゲームへと展開する」というもの。
この一見無謀にも見えるプロジェクトは見事に実現する。電撃マオウでコミック化され、ブロッコリーからはゲーム版『エトランジュ オーヴァーロード』が発売中だ。
コミック化やゲーム化の流れを見て、「日本一ソフトウェアの名物社長であった新川氏だからできたのだ」と思う方もいるはずだ。確かに、本作の制作には、新川氏に縁のあるクリエイターや会社が多く関わっている。しかし、仲の良い知人がいくらいたとしても、ゲームを作るとなると、そう話は簡単ではないだろう。というのも、数千万、数億円が当たり前になっているコンシューマーゲームの制作費を、「新川氏だから」とポンと出してくれるとは考えにくいからだ。そう考えた筆者は、新川氏に「『エトランジュ オーヴァーロード』の制作話を聞かせてください」とインタビューを申し込んだ。小説を書き、それを自らメディアミックスまで持っていったノウハウはどのようなものだったのか気になったのだ。
快くインタビューを引き受けてくれた新川氏からは、驚きの戦術が明らかにされた。再現性があるかというと、きっとないだろう。しかし、制作秘話の節々には、今の時代を生きるヒントのようなものが多分に含まれているようにも感じる。
そして驚くべきことに、「私以外の視点でも、制作秘話を聞いてみてはどうでしょう」という逆提案までいただいてしまった。
本記事では、『エトランジュ オーヴァーロード』プロデューサーであり、原作者である新川宗平氏のインタビューをお届けする。
すべては「小説を書く」ことからはじまった
――ゲーム『エトランジュ オーヴァーロード』の発売、おめでとうございます。「この小説をゲーム化したいと思っている」という段階からお話を伺っていた側としては、本当にゲーム化してしまったと驚いています。この記事ではじめて新川さんと『エトランジュ オーヴァーロード』の関係を知る方に、簡単な経緯の説明から聞かせてください。新川さんは2022年8月に日本一ソフトウェアを辞めて、第二の人生として小説を書き始めたんですよね。
新川 氏:はい、特にゲームファンの方は、わたしが辞めるとは想像していなかったと思います。実際日本一ソフトウェア時代は充実していましたし、広報、営業、シナリオライター、プロデューサー、社長、いろいろな役割をやらせていただきました。ただ、社長になって時間が経つにつれて、わたしが本来やりたかったものづくりから遠のいていかざるを得なくなりました。社長の大きな仕事は経営ですし、若いスタッフにものづくりの道を譲るということもしなければいけません。しかし、わたし自身のやりたいことと、あとは向いていることを考えたときに、経営面でそれほど力になれることはないのではないかと考え始めました。そこから退職するまでは早かったですね。円満に辞めさせていただいたと思います。円満なら辞めないのではと思う方がいるかもしれませんが、本当に円満なんですよ(笑)で、ものづくりをやろうと辞めたものの、わたしにできるのは物語を書くことくらいです。プログラムもできないし、絵も描けません。日本一ソフトウェアのものづくりで培ったお話を作ることを仕事にしようと考えたとき、「まずは一人でできる小説を書こう」と考えました。
――ゲームのスタジオを作るということは考えなかったのでしょうか。
新川 氏:スタジオ的なものをやるということも一切考えていませんでした。マネジメント、会議、評価みたいなものはもうお腹いっぱいだったんですよ。あとは、小説を書くというと無謀に聞こえるかもしれませんが、その先を考えて動き始めたんです。つまり、書いた小説を原作として、ビジネスパートナーにコミック化、ゲーム化をやってもらうというものです。「小説を書く」とは決めたわけですが、「小説家で食っていく」とは考えていなかったんですよ。会社をやめたサラリーマンが、小説を書いて食っていくというのはやっぱり難しいじゃないですか。なので、自分の書いた小説を原作としたコンテンツ展開をやろうと思ったんです。自分のポジションを「コンテンツプロデューサー」と位置づけて、その上で小説家を兼ねれば、自分で原作を作って自分でコンテンツプロデュースができる。これはちょっと新しくて強いやり方になるんじゃないかと。
――小説家として生計を立てるのももちろん、原作を作ってプロデュースするというのも相当難度が高そうですが。売れている作品がメディアミックスされていくというのとはまた違いますよね。作品を売るための努力も自分自身でやるという。
新川 氏:日本一ソフトウェアの駆け出しのときも、あまり知られていないタイトルを営業、広報して商品価値をつけていくということをやっていたので、わたし自身は無謀だとは思っていなかったんですよ。会社をいきなり辞めて「小説を書いて、ゲームを作るところを探す」と言ってる人がいたら、「危ない人かな」と思う方もいそうですが(笑)私は営業・広報からスタートしてものづくりに入った人間だから、こういう考え方になったんでしょうね。
――我々も新川さんに詳しい話を聞くまでは、「社長をやめたあとの余生かな」くらいの感覚でした(笑)
新川 氏:道楽で小説を書いていると思われたのですね(笑)楽しいことではあるんですけど、道楽ではないですね。これを仕事にしなければならないという緊張感はありました。リアルな話をすると、ゆっくりしていられる状況じゃなかったんですよ。まず、その後の収入のあてがあって会社を辞めたわけではないんです。日本一ソフトウェアを「辞める」というケースを想定していなかったので、社長の退職金規定を作っていなかったということもすぐ働かないといけない理由でした(笑)一般社員には退職金があるんですけど、社長が辞めるなんて私自身も思っていなかったので。「来月から給料なくなるけど、どうしようか」という感じでした。ちなみに、ひとつだけすぐに決まった収入は、NIS America(日本一ソフトウェアの米国法人)の仕事です。退職と同時に、日本での営業マンとして雇うと、NIS America社長の山下さんの漢気で決めていただきました。「必要な人物だから、うちで雇う」とオーナーに掛け合ってくれたんです。月々のお金が入る最初の収入がそれで、めちゃくちゃありがたかったです。ここでの「漢気」は、男性だから感じるものではなくて、「わたしもそういうことができる人間になりたい」と感じるような行動に抱く気持ちです。
――新川さんの場合、前職の経歴を活かせば、アドバイザー的な仕事はいつでもはじめられたのではないでしょうか。
新川 氏:ものづくりをやりたくて辞めたのでアドバイザーや顧問みたいなものをメインにするつもりはなかったですね。わたしは今いくつか顧問のようなこともやっていますが、それらは全部「一緒に何かを作る」ためにやっているんです。

▲ゲーム発売に先駆けて、コミカライズ展開も行われた。(漫画:へかとん氏 原作:喜多山浪漫)
小説をゲーム化するために取り組んだこと
実現につながった数々の「漢気」とは
――初の小説となった『エトランジュ オーヴァーロード』は悪役令嬢ものと呼ばれるジャンルです。こうしたジャンルを選んだ理由についてもお聞かせください。
新川 氏:悪役令嬢ものの作品を楽しんでいるときに、わたしもこのジャンルを書いてみたいと思いました。小説をビジネスとして書くという話を先ほどしましたけれど、小説もゲーム作りも、わたしの場合は自分自身のやりたいことやたのしいことじゃないと取り組めないんですよ。わたしが個人でやっている会社の名前はスーパーニッチと言うんですが、ニッチでもいいから面白いものを世に送り出したいという想いも込められています。売れ筋であっても気の進まないものはやらない、売れ筋ではなくても、自分が面白いものを作れると思うものは、自分の力で売れるように努力したいと考えています。なので、『エトランジュ』は原作の時点では、わたし自身の書きたいものを書いています。ただ、ゲーム化を目指していたので、ゲーム化しやすいようなシナリオにはしています。「この小説をそのままゲーム化できる」というようなものを目指しました。
――『エトランジュ オーヴァーロード』を書き終えたときはどのような手ごたえがありましたか?
新川 氏:老若男女いろんな方に楽しんでもらいたいと思って小説を書いたので、それは達成できたかなと思いました。小説という媒体でゲームの物語を書くことの利点もあることがわかりました。小説は長丁場で書くので、書いているうちに新しいことを思いつくことが多いんです。最初にプロットはある程度作りますが、そこからはおぼろげな地図に基づいてエンディングに向けて書き続けていく中で、どんどん肉付けしたり、変化をつけたくなっちゃう。書いている方も飽きたくないので(笑)結果として、ゲーム化したときにシナリオにひねりが効いていて面白かったという声をお聞きしました。
――「ひねり」は『エトランジュ オーヴァーロード』の醍醐味ですよね。予定調和的な展開かと思いきや、意外な方向に話がひっぱられるのが何度もありました。
新川 氏:ありがとうございます。
――実際に、小説をゲーム化するために、どのような営業活動をされたのでしょう。
新川 氏:小説を書く以外のこともいろいろとやりました。キャラクターデザインを大塚真一郎さんに依頼するというのも、ゲーム化に向けたアクションのひとつですね。web小説で、絵がないものは読まれにくいだろうという予測もあったんですが、それ以上に、「ゲーム化できる土台はできています」というところまで、『エトランジュ』をもっていく必要がありました。大塚真一郎さんとは前職でお仕事した縁があったのですが、『エトランジュ』の最初のキャラクターデザインは新川宗平から発注しました。最初の10キャラくらいは、俗な言い方をすると自腹ということになるんでしょうか(笑)「なろうで小説を書いています。こんな内容です」と書き溜めたものを送って、「キャラクターデザインをお願いできますか」と相談させていただきました。「小説が気にいったので引き受けます」と言っていただいたときは嬉しかったですね。これも先ほど言った「漢気」だと思います。いくら知っている人でも、仕事として依頼しても、大塚さんほど忙しい方がどうなるかわからないコンテンツのキャラクターデザインを、それも複数引き受けてくれるのは漢気だなと。キャラクターデザインがあがってきたときは感動しましたし、同時に緊張しました。大塚真一郎さんに「ゲーム化できませんでした」なんて言えませんから。わたしは何事も「やる前提」で考えるんです。やらない、ではなく「できるまでやろう」なんですけど、気が引き締まった瞬間でしたね。そこからは、作っていただいたキャラクターをもとに、小冊子やグッズを作ったり、いろいろやりました。

▲ゲーム化が決定する前から、いろいろな場所で原作のプロモーションも行われた。この写真は2022年の「ぜんため」でのもの。小説を小冊子にしたものを無料配布していた。
――ゲーム化に向かって営業活動をはじめたときには、小説以外にもいろいろと説得材料を作っていたのですね。
新川 氏:小説を書いて策もなく持ち込むだけでは、門前払いまではいかなくても、実現までがかなり遠いですからね。小説が面白いと思ってもらえたとしても、キャラクターデザインはどうします?制作会社はどこに?キャスティングは?。つまり、いろいろな工程がありますし、こうした部分が決まっていないと予算も組めません。なので、わたしのほうで、パブリッシャーがゲーム化を検討する際に、あると助かるであろう要素を持ち込んだんです。という風に気合いを入れて準備をして、何社断られても諦めない気持ちだったんですよ。でも、実はブロッコリーさんに最初に会ったんですが、そこで恐ろしく前向きな話になったんです。こんな話をすると、すんなり行き過ぎだろうと思われるかもしれませんが、事実です(笑)ブロッコリーさんの懐が広いというのもあったと思いますが、それまでに準備してきたこと、そしてやっぱり制作を手掛けてくれるジェムドロップさんの存在もすごく大きかったんだと思っています。「ゲーム化を検討していただけるなら、ジェムドロップさんが作ってくれるかもしれません」という切り札を用意していたんです。
――ジェムドロップさんという切り札は、どのような経緯で出てきたアイディアなのでしょう。
新川 氏:アイディアではなくて、奇跡的な出来事です。わたしとジェムドロップの北尾雄一郎社長とは、日本一ソフトウェアの新卒第一号で、同じアパートで、同じプロジェクトで2年半を一緒に過ごしました。『マール王国の人形姫』が一緒に作った最後の作品で、北尾さんは発売日を待たずに日本一ソフトウェアを辞めてしまうんですが、ものづくりに懸ける情熱は、私にしても彼にしても同じものを共有していたと思います。短かったかもしれないけれど、非常に濃密な時間だったんです。だから、会社を離れても友情は感じていましたし、私が社長や役員になる前の気楽な立場のときは、しょっちゅう飲みに行っていたんですよ。ところが、社長になると、辞めた人間には会いにくいんです。「辞めても仲良くしてもらえる」「辞めてもいいんだ」という印象を周りに持たれては困るという考えもあってのことですが、わたしとしては社長をやったことで疎遠になってしまったと思っていました。それなのに、わたしが辞めたあと、すぐに北尾さんが連絡をくれて、駆けつけてきてくれました。すごく嬉しかったですね。それから、二人で下呂温泉に行って、いろいろと語り合いました。実は下呂温泉は、我々が1、2年生のときに、休みの日に車を出して入りに行っていた思い出の場所なんです。その思い出の場所で温泉に浸かって、辞めた経緯や「将来こうしたいんだ」という話をしながら酒を酌み交わして。彼が「何か作るときは引き受けるよ」と言ってくれたのは、すごく安心材料になりました。これもやっぱり、私からすると「漢気」ですね。もうね、本当に「漢気」に支えられているんですよ。『エトランジュ オーヴァーロード』は。
――漢気、新川さんも漢気の方だとわたしは思いますよ。インタビューにも真摯につきあってくれますし。話は変わりますが、『エトランジュ オーヴァーロード』のゲーム化が発表される前、2023年の東京ゲームショウでエトランジュの3Dパネルが展示されていましたよね。あれは、どのような経緯で作られたものなのでしょう。
新川 氏:ゲーム化が決まる少し前の段階でジェムドロップさんが作ってくれました。なので、あのときのものと、今のエトランジュは頭身とかが違うんですよ。エトランジュの声優は最初に声が付いた時点から、水橋かおりさんがやってくれているんですが、これも大塚さんと同じく、忙しい中引き受けていただきました。「将来的にはゲーム化しようと思っているし、主役でやってもらいたいと思っているから、やってくれませんか」という話をしたら、「いいよ」と。水橋さんも漢気の方だと思います。
――『エトランジュ オーヴァーロード』はSUSHIレーンミュージカルアクションアドベンチャーというジャンルを自称していますが、「アクション」はブロッコリーさんとしては珍しい試みですよね。最近のブロッコリーさんというと、アドベンチャーゲームの印象が強いですが、どうしてアクション要素を盛り込んだのでしょう。
新川 氏: 海外で売ることを前提に考えたからというのが大きな理由です。今は少し状況も変わりつつありますが、企画当時は少なくとも「テキスト中心のアドベンチャーゲームは海外では売れにくい」という分析もありました。あとは、海外向けにアドベンチャーゲームを出すとするとテキストが膨大な分、ローカライズもものすごく大変です。そんな事情もあって、アドベンチャーゲームという選択肢は初めから取り除いていました。なので、ブロッコリーの中では異質なタイトルになったことは間違いないんですが、ブロッコリーの制作に関わってくれた皆さんが、『エトランジュ』というゲームを好きになってくれて、理解していただけたのは幸せなことでした。プロデューサーなんか、もう、めちゃくちゃ根性を入れて、これも「漢気」でいろいろなことに取り組んでくれました。豪華と言っていただいている限定版は、ブロッコリーさんなくしては絶対にできなかったと思います。わたしは「絶対やるべきでしょう」と初めから思っていましたが、さすがにCD3枚組になるとは思っていなかったです(笑)。ジェムドロップが頑張っていっぱい曲を書いてくれたので、全部入れようと思ったら3枚組になっちゃった。

▲『エトランジュ オーヴァーロード』は東京ゲームショウに3回出展している。この写真は2025年、ゲーム化決定後に出展されたもの。エトランジュと写真が撮れるイベントが開催された。
なぜ、「SUSHIレーンミュージカルアクションアドベンチャー」なのか
――ゲーム化が決まった頃から、現在の形、つまりSUSHIレーンミュージカルアクションアドベンチャーを目指していたのでしょうか。
新川 氏: それはもうちょっと経ってからですね。ジャンルは決まっていなかった。北尾さんのところ、ジェムドロップさんはそもそも企画書を書かないこともあるらしく(笑)わたしは最初はRPGをイメージしていたんですが、ジェムドロップはアクション性の高いものが得意な会社だよなと。そうすると、RPG的な要素があるにしても、アクション性のあるもののほうがいいんだろうな、と思い直していたところがあって。実際、ジェムドロップさんから「ゲームのモックを3パターン作ったから一度見てください」と言われて出てきたものは、やっぱりアクション性の高いものでした。そのモックがあがってくるまで、ブロッコリーさんの認識はたぶん、「RPG」で止まっていたと思います(笑)。

▲『エトランジュ オーヴァーロード』のバトルパート。見下ろし視点の遊びやすいアクションゲームとなっている。「SUSHIレーン」には、バトルの戦況を変えるアイテムが乗って流れてくる。
――3種類はテイストの違うものでしょうか。
新川 氏: 違うものが出てきて、そのうちの一つが「SUSHIレーン」の原型です。「どれがいいと思う?」と聞かれたので「これがいいと思うよ」と私が推したのがSUSHIレーンでした。一番広がりが出そうだし、面白くなりそうだったから。あと、「変」だったので(笑)。普通のものをやっても仕方がないので、変で、広がりが出そうで、面白くなりそうなものにしよう、と。北尾さんもそれが一番いいと思っていたみたいで、考えが一致した感じですね。
――ミュージカル要素を盛り込んだ経緯についてもお聞かせください。
新川 氏:ミュージカルは制作をはじめて、1年以上経ってからですね。売ることを考えたとき、SUSHIレーンだけではまだ弱いなと感じていたんです。そこで、北尾さんと一緒に『マール王国の人形姫』を作った経緯もあったので、「ミュージカル入れようか」と。制作費には大きく関わってくるんですが、それでも「やろうか」という話になりました。
――『マール』が頭に浮かんだうえで、本作のミュージカルはどのようなものにしようと考えたのでしょうか。
新川 氏:『マール王国』はだいぶ昔の作品ですし、我々が入社2年目のときに作ったものなので、意識せずとも違うものになると思っていました。なので、比較してどうしようという考えはあまりなかったですね。3Dでやる時点で別物ですしね。ちなみに、ミュージカルは、曲が先に出てきて、それに合わせてわたしが詞を入れるものと思っていたんですよ。そうしたら「ミュージカルのサンプルができたから見せるわ」と言われて見てみたら、もう私の書いたセリフを使って歌っているんです。これが意外と良いなと思いまして。台詞を使うことで、シーンが巻き戻らず、そのまま進んでいくんですよね。「こういう手もあるのか、これでいいじゃん」と。むしろこのほうがミュージカルっぽくて面白いと思って、そのままいってもらったというのが裏話です。

▲ミュージカルシーンも大きな見所。歌詞は新川氏の書いた小説をもとにしている。
――わたしが新川さんのファンであるという目線を除いても、ゲームとしてすごく面白かったです。まず、シナリオは最初若年層向けに見えましたが、進めていくとしっかり大人も楽しめますし、「ここからまだひねるのか」という驚きもありました。あとは、「詰め込み」を感じますね。わたしはストーリーを12時間くらいでクリアーしたのですが、とにかく退屈しないゲームでした。ぎっしり、いろいろなユーザーを楽しませる要素が、あの手この手と言わんばかりに詰め込まれています。
新川 氏:現場の人たちが自分で考えて、指示以上のことをやっていったからできたゲームだと思います。設計図通り進んでいたのではああはならない。曲なんて127曲、ミュージカルは14曲ですよ。「言われたからやる」仕事じゃないですよ。「やりたいからやる」仕事。そういうものが実現できたんじゃないかなと。
――発売後の手応えはいかがですか。
新川 氏: 遊んでくれた人からは、「すごく良かった」という感想や、「このゲームに救われた」という熱いメッセージをいただいたりもしました。海外から届いたりもします。そうした評価に感謝しつつも、まだまだ多くの人に遊んでもらいたいと思っています。新規IPかつ、値段がフルプライスということで、まだまだ買うのをためらっている方も多いと思います。正直、「フルプライスでも買う価値があるよ」という声があらゆるところから出てくるゲームに持っていけなかったのは私の不徳の致すところですが、価格と内容と評価が噛み合えば、まだまだ伸びる可能性は十分あると思っているので、引き続きプロデューサーとして仕事をしていきます。
『エトランジュ オーヴァーロード2』を作りたい
――もし社長時代に、「小説をゲーム化したい」というプロジェクトを持ってきた方がいたら、どう受け取っていたと思いますか。
新川 氏: 面白いゲームで「いける」と思ったら社内に話を持ちかけると思います。ただ、上場会社で合議制なので、私一人が賛成しても周りの役員が反対したら通らない。気持ちとしてはやりたくてもできない、という可能性はあるでしょうね(笑)そんな合議制の中で、『エトランジュ オーヴァーロード』に関わってくれた方々には頭があがりません。今取り組んでいるほかのタイトルもそうですが、人脈、友情、戦友があったからこそなので、再現性があるかと言われると、ないでしょうね。
――わたしはそもそも、「新川さんといえど、小説をゲーム化するのは難しいのでは」と思っていたくらいですから、再現性がなくとも、実現したことに驚いています。しかも、これから先も、新川さんの手掛けた作品がゲーム化されていくんですものね。
新川 氏:そうですね。だから恩返しをしなくちゃいけない。もう永遠に恩返しし続けなくちゃいけない状態ではあるんですよ(笑)わたしが仕掛けるお祭りみたいなものを楽しいと思って仕事にしてくれる方がたくさんいて、支えられています。だからこそ、これから『エトランジュ』も、その先のゲームもちゃんと売り伸ばして応えなくちゃいけません。「このおっちゃんと組んですぐお金になるかは分からんけど、変わったこと、面白そうなことをやっとるんで、噛んどいたほうがいいんじゃないか」と思ってもらえている可能性もあると思いますが、そうだとしたら、甘えているわけにはいきませんから。
――『エトランジュ』を売り伸ばしていくとのことですが、目標はあるのでしょうか。
新川 氏:自分の中での結果というと、売上本数や利益はもちろんですが、「2を作る」ことなんですね。2を作れるということは、パブリッシャーであるブロッコリーさんが「次も売れる、継続した作品として売っていける」とご判断されたということなので。そこまで持っていくのがプロデューサーの仕事だと。そういう意味では、『エトランジュ』を終わらせるつもりはないです。応援していただけると嬉しいです。
――ありがとうございました。

▲いつか『エトランジュ オーヴァーロード』の続編を作りたいという新川氏。物語の続きはいくらでも思いつくそうだ。
新川氏本人が語る通り、本作の制作過程に再現性はないだろう。特に人脈と経験については、新川氏がそれまで積み上げてきたキャリアによるものだからだ。
新川氏ほどの人脈や経験をすべての人が持っているわけではない。しかし、インタビューを終えて振り返ると、その戦術の骨格には、普遍的なものも含まれているように思う。人脈や経験がなくても、目標達成に向けてやれること、やるべきことは山ほどあるのだ。
新川氏の一番の強みは、「やる前提。できるまでやる」という姿勢だろう。ゲームを作りたいと思ったら企画書や夢を語るのではなく、まず小説を書き上げ、それでもまだ足りないと要素を加えていっている。キャラクターデザインを揃え、開発会社と販売網の当てまで用意して、交渉の席に着く。こうした相手が判断しやすい材料を、自分のリスクで先に差し出すというやり方は、出会う人の心を打つだろう。新川氏曰く、何も持たない営業職だった頃も、入念な準備をしてプレゼンテーションを行っていたという。結果として、独立してからも一緒に仕事をする人脈が築きあげられていったとも考えられる。本作の制作過程を、人脈という言葉で片付けてしまえばそれまでだが、何かを作りたい、世に出したいと考えている人にとって、規模の大小を問わず参考になる部分は多いのではないだろうか。
少なくとも筆者は、「小説を書いてゲーム化する」という計画を荒唐無稽だと感じていた自分を少し反省している。さて、冒頭で触れた通り、新川氏からは「私以外の視点でも、制作秘話を聞いてみてはどうでしょう」という逆提案をいただいている。プロデューサーの視点から語られた今回の物語は、ゲーム化までの物語が中心だ。『エトランジュ オーヴァーロード』を実際のゲームとして形にしたのは、開発を手掛けたジェムドロップのスタッフたちである。127曲もの楽曲、14曲のミュージカル、そして「SUSHIレーン」という変なもの(褒め言葉である)を生み出した現場では、何が起きていたのか。次回は、ジェムドロップの北尾雄一郎社長を中心とする開発スタッフ陣へのインタビューをお届けする。新川氏の言う「言われたからやる、ではなく、やりたいからやる仕事」の中身を、作り手の側から聞いていきたい。
goziline
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